Dicteeのえらぶ100冊 #60
青春って何かというと迷うことなんじゃないかと僕は思う。そして、僕が29にもなってまだ青春好きなのはきっと僕自身がまだまだ迷っているからなんじゃないだろうかとも思う。そんな僕が最近好きな青春漫画が浅野いにお「ソラニン」(小学館 2006)です。青春は迷うことなんて書いてしまいましたが、この物語に登場する若者たちは迷いながらもしっかりと自分の気持ちを持って進んでいます。仲間という感覚や大切な人の存在、そして失ってしまった存在に対しても。一方の僕はどうでしょう。同じ迷ってはしていても果たして前に進んでいるのだろうか。はっきりとした答えを自分では出せないのが情けなくもあるのですが、この漫画を読み終えたときの気持ちは、少しだけれど僕を前に後押ししてくれそうな気がします。晴れやかで頑張ろうっていうそんな気持ちになれるのです。最後にひとつ、主人公の一人、種田がどうしても知り合いのKくんに重なって見えてしまうのです。
Dicteeのえらぶ100冊 #59
石塚真一「岳」(小学館 2005-)は登山、そして山岳救助をテーマにした漫画です。ビッグコミックオリジナルに連載中のこの作品ですが、オリジナルは「あぶさん」以外読んでなかったので、このタイトルを知ったのはネット上の評判だったのですよね。それで読んでみたら、評判通りでストレートに心に届くとてもいい漫画でした。登山中に命を落とす者とそれを助けるものの姿を、下手なドラマ付けや演出をすることなく描いているところが非常にリアルで、主人公・島崎三歩の山に対するピュアな気持ちも非常に清々しいものがあります。コミックスのあとがき漫画を見てみると、作者本人も山登りをするようで、新人ながらもこういったしっかりした作品を描くことができるのは、自分の大好きなモチーフを扱っているからなのかなぁと。週刊漫画雑誌を読んでいた頃ならまだしも、今になって最近新しく出てきた良い作品にいち早く出会えるのは、やはりネットの恩恵かなと思うのでした。
Dicteeのえらぶ100冊 #58
福満しげゆき「僕の小規模な失敗」(青林工藝舎 2005)は作者の自伝的内容になっています。話は高校入学から始まるのですが、女性にも縁がなく、起死回生を狙って書いたマンガもあっけなく没になり、遂には高校までも中退してしまうという、第一話から圧倒的なダメさ加減が充満しています。しかし、この主人公(であるところの福満氏を)をダメな奴だなぁ、と言い捨てることが出来ない自分もいてしまうのですよね。多分、少しでも自分の中にダメな部分を抱えながら生きている人だったら共感できる部分があるのではないでしょうか。あっ、でも、もしかしたらこれは男子限定かな。恋愛ゲームに参加できないでいながらも、最後にはあっさりと結婚してしまい、幸せだったのかもと思ってしまうあたりで、やっぱり恋人がいるだけで色々な問題が解決してしまうものなのかもなぁと複雑な気分になってみたり。
Dicteeのえらぶ100冊 #57
松本大洋のマンガに初めて出会った時の衝撃はやはりその画からくるものであったのですが、五十嵐大介を初めて読んだ時に得たものもそれと非常ににた感覚でした。五十嵐大介「リトル・フォレスト」(講談社 2004-2005)はおしゃれに演出されていない本物のスロウライフを描いた作品です。一篇一篇は田舎で暮らすものがその生活の中から得た食の知恵をちりばめたものですが、その一話にふわりと乗せられた些細な出来事がいつのまにか繋がっていて、全体を通して読むとストーリーマンガの体をなしているのです。こういう構成って非常に好みなのです。東北生まれの東北育ちとはいえ、僕が過ごしてきた田舎はここまで自然味溢れた環境ではありませんでしたが、でも、幼い頃に母が見せていた食卓の風景を少しだけ感じ返す瞬間もありました。このマンガを読んだ時に、手をかけた食べ物の美味しさを思い出すことが出来るのは、もしかしたら、母のおかげなのかもしれませんね。
Dicteeのえらぶ100冊 #56
大学生の頃というのは無駄に時間だけはたくさんあるもので、僕はある時期、よしもとばななの小説ばかりを読みあさっていたことがありました。彼女がまだ吉本ばななという表記で作品を発表していた頃です。ちょうどその頃に文庫として発売されたのが吉本ばなな「ハチ公の最後の恋人」(中央文庫 1998)でした。それまで古本屋で探してきて読んでいた彼女の過去の文庫たちは割と地味な印象の装丁ばかりだったのですが、この作品はそのイメージとは少し離れたとてもすっきりした印象があります。写真:若木信吾、装丁:中島英樹というコンビからしてもう頷いてしまうような、とても瑞々しい装丁の一冊です。そしてこの頃から、よしもとばななの作品の装丁は出すもの出すもの非常にデザイン性の高い、素敵なものになっていくのです。親交の厚い奈良美智の作品が数多く登場したりして、ここから奈良さんの作品を知った人も多いのではないでしょうかね。この他に装丁の好きなよしもとばなな作品というと「デッドエンドの思い出」を挙げたいところです。これはもうジャケ買いならぬ、装丁買いでした。
Dicteeのえらぶ100冊 #55
僕と同じ山形県出身の作家、阿部和重が生まれ故郷の東根市神町を舞台に描いた長編小説、阿部和重「シンセミア 上下」(朝日新聞社 2003)はとにかく長いです。上下巻合わせて800頁、読み終えるのに相当な時間を要しました。田舎町に潜む異常者たちと、その町に蔓延る抗うことの出来ない大きな影響力、主人公がいるわけでもなく、様々な人間の目、そして遠く離れたところからみつめる客観的な視点からひとつの町に起こった幾つものを描きとった著者の最高傑作です。彼はこの小説との繋がりを感じ取らせるもうひとつの作品であり芥川賞も受賞した「グランドフィナーレ」でも神町のことを描いていて、自分の生まれ故郷に対する強い気持ちを感じ取ることが出来ます。正直なところ、僕はそこまで山形県に対する強い気持ちはないのですが、田舎に生まれたものがそれを自分のアイデンティティとして自信を持って示すことが出来、作品にまでそれを反映させている彼のようなスタイルには素直に好感が持てます。
Dicteeのえらぶ100冊 #54
同名映画の原作本、岩井俊二「リリイ・シュシュのすべて」(ロックウェルアイズ 2001)はこれが書かれた当時にしてはとても斬新的なスタイルの小説でした。「電車男」を代表とするネット→書籍化という動きが当たり前の今となってはそう目新しくもない掲示板の書き込みの連続による物語の進展という手法を見事に扱い、掲示板の外の描かれてない部分を想像させるというやり方に僕は虜になってしまいました。正直言って、映画の方は岩井俊二の作品の中でも下から数えた方が早いくらいイマイチだったように思えるのですが、それも先に読んだこの小説があまりにも衝撃的だったからなのではないかと思うほどです。以前、とあるゲーム制作者が、どんなにかわいい女の子のキャラクターを作っても、各々が想像する世界に登場する女の子には決して適うことがないと言っていましたが、まさに、この「リリイ・シュシュのすべて」を巡る小説と映画の関係は描いてしまったものの負け、という縮図に凝縮されている気がします。
Dicteeのえらぶ100冊 #53
カヒミ・カリィが「MARQUEE」で連載していたものに撮り下ろしフォトを掲載した初のフォトブック「KAHIMI KARIE + MARQUEE」(マーキー・インコーポレイティド 2005)、カヒミさんってきれいだし、かわいいし、かっこいい、それなのに異性であるはずの僕からしてみてもあまり女性的な部分を感じにくい人だったりするんですよね。男の人が女性的だったり、その逆で女の人が男性的だったりする時には中性的って言葉を迷わず使うんだろうけど、女性が女性らしくしているのに何処か中性的ってのはどういうことなんでしょう。最近の写真に関してはもうすっかりアーティスティックな作品という感じで、女性としての魅力どころか、人間としての存在感すら希薄に感じてしまいます。だから、このフォトブックをアイドル的なカヒミさんの写真集として見るとちょっと痛い目に遇ってしまいますよ。しかし、ここまで言ってしまっているのに、僕たちはまだカヒミ・カリィが気になって仕方ないというのは、いったいどういうことなんでしょう。
Dicteeのえらぶ100冊 #52
ばるぼら、加野瀬未友 責任編集「ユリイカ 2005年8月増刊号 総特集 オタクvsサブカル! 1991-2005ポップカルチャー全史」(青土社 2005)、サブカルとオタクの対立があったなんてことは知りませんでしたが、そんなことはどうでも良いくらい、分析と資料が僕にとっては面白い読み物でした。懐かしい話を読みながらも、それ以前や間に隠れていた僕の知らなかった事実が見事なまでに補填されていて、ちょっとした青春回帰録って趣でした。たぶん僕はサブカル側の人間だと思うのですが、自覚的にそれに目覚めたのって決行遅くて大学生の頃(1996年頃から)だったと思うのですが、それ以前に僕が興味を持っていたもの(例えば豊福きこう「水原勇気0勝3負11S」やウゴウゴルーガなんか)もサブカル年間には記載されていたりして、意識する前から僕はそういうサブカル的なものが好きだったのかなぁっと思わされたのでした。ちなみに表紙に描かれガンダム=オタクの象徴でファンタズマにおまけで付いてきたオレンジのイヤホン=サブカルの象徴ってことなんですかね。
Dicteeのえらぶ100冊 #51
人気サイトデイリーポータルZの特集が本になりました。デイリーポータルZ編「おとなの自由研究」(アスペクト 2004)、凍ったバナナで釘は打てるのか?糸電話で市外通話ができるのか?そんな小さな疑問に対して、大人の行動力でやってみちゃおうって企画の書籍化です。今回本に収録された企画の中では「タコでつくろうタコウィンナー」「新歓コンパ実況中継」あと「色々なバーに行って僕のイメージでカクテルをつくってもらおう」てのがツボでしたね。企画に向かい姿勢も熱過ぎず冷め過ぎず、ちょうどいいスタンスで、その視点がまた面白さをうまく引き出しています。写真についているコメントも実に絶妙。本の前にサイトをちょっと覗いてみて貰えればきっとその良さが分かると思いますよ。こういうくだらない遊びって僕もとっても大好きで、一緒に楽しんでくれる人さえいれば、自分でもなんかやってみたいなって思うくらいです。
Dicteeのえらぶ100冊 #50
折り返しの50冊目は最近の若い作家の中で僕が最も好きな作家の最も好きな作品を選ばせてもらいます。三浦しをん「月魚」(角川書店 2001)、デビューから2作目となるこの作品は、古書店業界を舞台に若い二人の男が過去のトラウマを抱えながら、それを清算しようと試みる青春小説です。また、裏テーマとしては著者の嗜好でもあるボーイズラブの匂いがはっきりと語れることはないもののそこはかとなく漂っています。基本的に三浦しをんの作品はどれもお勧めですし、最近の作品になればなるほどその完成度は増す一方なのですが、この小説のなんとも美しい情景感とそれを写し出す文章の甘美さを是非味わって欲しく、初期作品であるこちらを選んでみました。古本好きにとっては業界の裏の話を知ることが出来るってのも楽しみのひとつかもしれませんね。「せどり屋」って存在それまで知りませんでしたもん。
Dicteeのえらぶ100冊 #49
雑誌「relax」で連載されていた佐内正史の連載が1冊の写真集になりました。佐内正史「a girl like you 君になりたい」(マガジンハウス 2005)には麻生久美子も相武紗季も加藤ローサも宮崎あおいも蒼井優も長澤まさみも高橋マリ子も上戸彩も上野樹里も石原さとみも岡本綾も杏さゆりも東野翠れんもみんな載っています。アイドルの写真集を買うなんて抵抗あるなぁって人にも、撮ってるのが佐内正史ってことでおしゃれアイテム的要素も兼ね備えてますし、写真のサイズが大きいのもお勧めです。そして忘れてはいけないのが、写真の間にこっそりと現れる渋谷直角の妄想炸裂文章。妄想を生み出す力は満たされていない気持ちなのです。非モテから生み出されるその文章、勿論共感してしまう訳なのです。くぅーーってね。
Dicteeのえらぶ100冊 #48
古本屋で100円だったので買った「STUDIO VOICE vol.270」(インファス 1998)は「Airport for Airport」という空港をテーマにした特集でした。僕は最近になるまで飛行機という移動手段はあまり利用せずにバスや電車を使っていたので、空港という場所は縁遠い所だったのですが、この号の特集や砂原良徳が空港をモチーフにした作品を作ったりしてるのを目にしているうちにちょっとずつ気になり始めて、今では飛行機や空港という所に少しずつ興味を持ち始めています。その中でも海外、特にヨーロッパ、北欧の空港はデザイン的にも非常に面白そうでした。僕は今までに海外へ行った経験が一度しかないのえ、海外の空港に実際に訪れたことはないのだけれど、機会があれば是非行ってみたいですね。あと特集とは関係ないけど、昔のカルチャー誌って見てて面白いですね。時代感ってのはすごく惹かれます。
Dicteeのえらぶ100冊 #47
3年前の夏、僕は長崎を旅していて、そこで絵本美術館という場所を訪れました。絵本美術館の売店には数多くの絵本が販売されていて、僕はその中に幼い頃に家にあったとても懐かしい作品を見つけたのでした。それがアーノルド・ローベル作 三木卓訳 「ふたりはともだち」(文化出版局 ミセスこどもの本 1972)です。かえるくんとがまくんが織り成すなんとも素敵なストーリーに淡いカラーセンス抜群の挿絵がついたこのシリーズはこの他にも3冊出ていて、僕はこの「ふたりはともだち」の他に「ふたりはいつも」というのも持っています。よくよく見ると洋服を着たかえるってのはちょっと気持ち悪かったりもするんですが、そこは愛嬌のあるキャラクターとがまくんの天然ボケがカバーしてくれます。絵本って絵が主役だったり、子供用だったりと思いがちですが、このかえるくんとがまくんのお話は文章の良さも目をひきますので、その辺も注目してほしいですね。
Dicteeのえらぶ100冊 #46
音楽とお笑いを扱う雑誌「splash!」(オルタロープ 2003)のvol.07では巻頭特集として「WHO'S GONNA KNOCK THE DOOR?」と題してLamp、ゲントウキ、bonobosの3つのバンドを取り上げてインタビューをしています。この中でLampとbonobosというのは僕が最近出て来た人の中でもかなり好きな人たちで、うちのサイトでも数多く取り上げて来たのですが、この2バンドがひとつの記事として扱われたのが僕の中ではかなり大きくて、元々splash!は毎号買っていたのですが、この号はいつにも増して楽しみにしていたのです。この号はその他にも曽我部恵一、orange pekoe、ノーナ・リーヴス、笑い飯、おぎやはぎ、コアレコード、タナカカツキ、板尾創路一人芝居とかなりツボを突きまくった内容となっていますので、気になる方はバックナンバーででも購入されることをお薦めします。
Dicteeのえらぶ100冊 #45
2003年の始め、僕は突然マンチェに目覚めました。映画「24 hour party people」の影響もあったのですが、それまであまりにも聴いてこなかったジャンルが、あまりにも聴けることに驚いたものです。そんな中でも最も僕が夢中になったのがTHE STONE ROSESでした。もっとロックなイメージだったストーン・ローゼスがこんなにもメロディアスだと知り、より彼らのことを知ろうと読んだのがミック・ミドルズ著 渡邉穣司訳「THE STONE ROSES -THIS IS THE ONE」(シンコーミュージック 2001)でした。日本初、唯一のストーンローゼス完全バイオグラフィーというだけあって、数多くの写真や日本盤・輸入番含めた完全ディスコグラフィー、ライヴデータなどデータブックとしても活用出来、内容の方も後追いの僕でも当時の熱狂が感じ取れるようになっています。ちなみに本とは関係ないですけど、僕が一番好きな曲は「WHAT THE WORLD IS WAITING FOR」です。
Dicteeのえらぶ100冊 #44
#1で紹介した「groovy book review 2001」の中で沼田元氣と市川実日子のブックハンティング in 京都につけられたコピーが「京都の空の下古本のにおいはながれる」、この元ネタになっているのが石井好子「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」(暮らしの手帖社 1983)で、そのまた元ネタなのが映画「巴里の空の下セーヌは流れる」なんでしょうね。僕は何かの雑誌の中で小西康陽がお薦めの本として紹介していたのでこの作品を知ったのですが、シャンソン歌手の石井好子さんが、パリでの生活の中で美味しいものを食べたり作ったりして、それを記した内容に思わずお腹がなってしまうような、そんな一冊です。僕の料理は自炊って言葉がそのままあてはまるような食べる為の料理なので、それほど味にこだわったものではないのですが、この本を読むと、いつもは簡単に済ませてしまう料理も、ちょっとだけ凝ってみようかなって思っちゃいますね。まさに暮らしの手帖社!って感じです。
Dicteeのえらぶ100冊 #43
うちのサイトでお薦めの本を募集したところ、一番多くの人から薦められたのがこの筒井康隆「ロートレック荘事件」(新潮文庫 1990)でした。疑い深い性格の僕は推理小説はちょっとなぁって気持ちもあったのですが、読んでみて唖然としました。もしかしたらこの結末に卑怯だという人もいるかもしれないけれど、僕はもう諸手を挙げての賞賛でしたね。読者の読み進める力を絶妙に利用した点にもう脱帽でした。推理小説で一番大事なことはいかに最後までトリックを判らせないかということだと思ってる僕にとっては100点の推理小説です。薦められて読んだ後に自分でも薦めたくなる様な、そんな教えたい感を抱かせる様な作品で、事実僕も掲示板で薦めてしまいました。帯に記されたという映像化不可能!という文句もかなり的を得ていますね。読んだ人に感想を聞きたい本ベスト1です。
Dicteeのえらぶ100冊 #42
保坂和志氏絶賛!という帯と、映画「きょうのできごと」の原作者というのに誘われて読んでみた柴崎友香「青空感傷ツアー」(河出書房新社 2004)。美人で傲慢な女友達と言いなりになってしまう主人公、始めはわがまま放題の音生にちょっと不快感を感じたりもしたのですが、旅を続けるにつれ、自分まで一緒にいるかのような感覚で音生の性格にも慣れてしまって、逆に主人公芽衣の甘え心を諭される時には、まるで自分が言われた様な気になって、自らの心に反省を促してしまう程でした。音生と一緒に旅をし続けてしまうのが分からないでもないなぁ、そして音生と一緒にとか関係なく旅に出たくなる、そんな物語です。今の自分がやりたいのになかなか出来ない「会社を辞めて旅に出る」ということが、話の始めにサラリと出てくる時点で、僕としてはもう心ごともっていかれる気分ですよね。何気ない日常を描くという僕の一番好きなタイプの作家かもしれません。今一番、他の作品を読みたい作家です。
Dicteeのえらぶ100冊 #41
僕が最も好きなサッカー選手は長年韓国代表として活躍し、Jリーグでもベルマーレ平塚、柏レイソルと渡り歩いた洪明甫(ホン・ミョンボ)です。2002年のワールドカップの時も大方が韓国に対して厳しい見方をしている中、僕は一人で洪明甫の応援をしていました。彼がワールドカップ後に自伝洪明甫著 慎武宏訳「洪明甫自伝 LIBERO」(集英社 2002)を出すと言う事で、勢いに任せて買ってみました。僕が彼の最も好きなところは決して失われないであろう戦う姿勢です。そんな彼の性格がそのまま文章に表れた様な生真面目な内容なので、見方によっては結構退屈な内容だったりするのですが、逆にそんな部分にも洪明甫の人間性が見えていて、非常に面白かったです。今、彼はどこのチームでプレイしているんでしょうかね?もしかして既に引退してたりして。